ニューアース・キッチン
~台所で母なる地球の声を聴く~
5 豆が開いたベジの扉
私がベジタリアンというものに開眼したのは、学生の頃。
20歳前のあるときでした。ふと、インドに行きたい!という気持ちが湧いてきました。田舎の学生をしていると私には海外旅行は遠い夢のようなものだったのですが、旅に出たいとの思いが芽生えた途端、夢は現実的な目標に変わりました。短期集中のアルバイトをして必要な分ぎりぎりのお金を貯めました。
結局、行き先として選んだのはインドではなく、ニューヨーク州の山の奥深くにある、スピリチュアル・インドムードあふれる、ヨガアシュラム(道場)。
道中ではアシュラム行きを提案してくれた知人と合流したとはいえ、生まれて初めての海外一人旅。その割には、観光旅行でもなく、いきなりディープな世界に入っていきました。
インドの導師(グル)を通してピースフルな気づきを求める人たちが、人種・宗教を問わず世界中からアシュラムに集まり、ヨガや瞑想に、学びに、そして音楽に浸っています。空き時間にはセーヴァといってカフェテリアでの料理をサポートしたり、瞑想ホールをピカピカに磨いたり、といった奉仕活動もありました。
深い雪に包まれ、凛として静かな空気が流れる森の中のアシュラムは、存在そのものが神秘的です。
私はそこで3日間の瞑想のコースに参加しました。プログラムは一日何時間もの瞑想、そして瞑想をしていない時間も一人で過ごし、誰とも口をきかないというものでした。
こんな静寂の機会は日常のなかで容易に得られるものではありません。
ですが、私はアシュラムに来てからすでに、瞑想よりも、ヨガよりも、カフェテリアに美しく並ぶベジタリアン料理に、わたしの魂を開け放ってしまっていました。
だって、なんてカラフルな豆料理の数々!
カレーやスープもあれば、豆のサラダもある。
長崎の田舎にいる私にとって、当時豆料理といえば馴染みがあるのはお砂糖で甘く炊いた金時豆や小豆あん、お醤油味の大豆煮くらいでしたから、愛らしい形のひよこ豆や、平たいオレンジ色のレンズ豆が実際に料理になっているのを見るのは初めて。それらはインターネットもなかった当時、本やカタログで読んでは想像をふくらませていた憧れの豆でした。
それに、野菜の色、かたち!
インド、メキシカン、各国から集まるゲストを反映した多国籍なお料理の数々。巻き寿司や蕎麦といった和食も、ここでみるとカラフルでおしゃれに見えてきます。
野菜だけで、こんなにも豊かなごちそうができるんだ!
さすがアメリカ、大豆たんぱくや豆腐を使ったホットドッグやハンバーガーもあるし、こってり生クリーム(豆腐クリームだったのかな?)とミックスベリーのケーキ、ナッツたっぷりのタルトも並んでいる。サイズもアメリカン!
こころの静寂はやってくるどころか、私の頭の中は、滞在中にさてどれとどれを食べよう!と作戦会議のぺちゃくちゃおしゃべり。
私のスピリットは、瞑想中にもカフェテリアのほうにふわりふわりと飛んでいってしまうのでした。
アシュラムのピースフルな空気が流れるなか、これがベジタリアンの威力にひれ伏した最初の体験でした。こう書いている今も、またあのカフェテリアで、ベジタリアン三昧したくなってきます。
ベジタリアン料理の魅力に気づいた私、そのなかでも、豆は、私の好奇心を強くくすぐりました。
それから数年後、今度は本当にインドに行きました。
そのときは、スピリチュアルなテーマは横に置いて、「世界の豆文化~インド編~」という企画を書いて、エジプト考古学者、吉村作治先生のスポンサーシップをいただいたのです。
かくして豆をとにかくよく食べる国、菜食が普及している国インドに、いよいよ単身、向かいました。
インド人の家庭にホームステイをしながら料理を教わったり、大学の豆の農場を見せてもらったり・・・
豆は食生活の中で、農作物のなかで、やはり大きな位置を占めているのがよくわかりました。どこで食事をしてもそこには豆がありましたから。
帰国後まもなく、普及が始まったばかりのインターネットのHTML言語を独習し、豆のおもしろさを伝え、環境と共生する農業や暮らしを発信するホームページを立ち上げました。
なんと、個人でホームページを立ち上げる、というのは長崎ではまだ珍しかったらしく、まちづくりのフォーラムに登壇願いがきたこともありました。私が見つけた宝物をわかちあいたい、その一心でパソコンも苦手な私が一気に完成させたのが、今では不思議です。
かくして、豆の神様に導かれて、私の食をめぐる旅ははじまり、現在に続きます。
世界の豆文化~インド編~は続行中、そして~各国編~は終わりのないライフプロジェクトです。
テーマがひとつでもあると、旅は、長さにかかわらず一段と深いものを旅人に見せてくれます。インターネットで情報はなんでも手に届くところにありますが、自分の足で訪ねて、舌で味わってみる面白さは、格別。
人が住むところには豆がある。世界のお豆と固有の食文化を訪ねる旅、そんななかからもハイブリッドな料理が生まれていきました。